建築を志す前に読む本/第2章(No.16)



NO.16  最初の設計の依頼主は直木賞作家・藤本義一先生
――無我夢中だった初めての仕事、嬉しかった初めての設計料――

 設計料、この響きは建築を志すものにとってはとても感慨深い。自分の考えたものが土地の上に建ち、そしてクライアントから設計料を頂く。自分の思い、悩み、考えたこと、デザインの代償、ある意味では自分が評価される。自己評価でなく他己評価である。竣工した建物を前にして、クライアントがどう受け止めてくれたのか、設計中や工事中の悲喜交々な思いや出来事を思い起こしながら、案内していく。
 初めて設計料を頂いたのは、第71回直木賞作家藤本義一先生であった。設計は兵庫県芦屋市の奥池にできた、先生の仲間が集うことのできる山荘である。私が28歳のときに依頼され、30歳で完成した。言わば私の20歳代の総決算と30歳代への足がかりになった自分の記念碑となった作品である。延べ110㎡程度の小さな規模であったが、設計料の重みを30年経った今でもしっかりと覚えている。マスコミ関係者、漫才師や落語家たちなど色んな分野の方々が集った竣工パーティー。そんな様子を踏まえて、設計者である私のことをある雑誌に書いてくださった。少し長いが紹介したい。完成のお祝いメッセージとして『前略・・・・依頼者のこちらとしては、多くは言わなかった。ただ、楽しく集まる場所と指定しただけである。
そして、出来ることなら、木を主にしたものと言った。
彼の二十代最後の記念碑にふさわしい表情だった。この彼の表情は落成の乾杯のグラスをとおして見たとき、おれは、自分自身の二十代後半に、映画シナリオで一本立ちした時を思い出していた。やはり、やったという誇りのむずがゆさと、それを公開するときの照れとが同居していたものだ。
創作者は、いつも、この二つを抱いて生きていくものだと思う。この気持ちは、いくら金を積んだとしても味合うことが出来ないものだ。あれほどの充実した浄化作用はクリエーティブな世界に身をおいたものでなくてはわからない。おれも、今の職業に飛び込んだのは、あの気持ちを味合いたかったためだ。彼とおれの立場は、トレーシングペーパーと原稿用紙の違いはあるが、同質のものだと思う。
空間に自分のイメージを構築していく段には、なんの差もないと思うのだ。 これを出発点にして、彼は羽ばたいていくだろう。が、映画制作と同じ総合体だから、いくつもの困難があると思う。そういう時、彼は、この第1号作品の原点に舞い戻ってほしい。木肌と四季の関係、自然林を最高に活かすこと、そして、集合体が談笑できることを、彼は考えに考えたらしい。多くを語らない彼の様子からも、十分にうかがわれる。
出来上がった彼の“第1号作品”に、仲間たちが集まってきた。その時の彼の表情は誇り七分照れ三分であった。あらゆる点で妥協を排して。外部に向かっても、自らの内部に向かってもだ。
彼は、一人で、この山荘を訪れて来て、自らが青春後期の一時期に費やした創造空間の中に身を沈めて考えてほしい。そういう空間をもった彼が、おれは羨ましいかぎりだ。』これを読んだとき、嬉しくてどれだけ熱く込み上げてくるものを感じたことか。今でも、分の座右の銘文にして、何かの折の励みにしている。しんどかった約2年近く背負っていた肩の荷がすーっと解けていくようだった。このようにして、私の三十代が始まった。大きな励ましとともに・・・。初めての仕事とはこんなに重いものだ。
数年前、この山荘で専門学校の私の教え子約60名が集合し、先生の講演を伺う会を開催したことがある。自分が設計した山荘で私の教え子が、藤本先生の講演を聞く・・・。私としては感無量である。面白くてアッという間の1時間半だった。講演の後、藤本先生は約60名の学生一人ひとりと対話され、色紙にはそれぞれにひと言づつメッセージを書かれていた。
帰る時刻はすでに夜中1時を廻り、車で自宅まで送っていく途上、先生はひと言「君と出会ってもう何年になるかな?・・・出会って良かったな」とおっしゃって頂いた。嬉しさのあまり言葉が出なかった。出会ってもう36年。この間、私は無我夢中で生き、作品をつくり続けてきた。

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