建築を志す前に読む本(ウェブバージョン)/第1章(No.13)


No.13
 ――Falling Water、 落水荘のこと――


 ライトの作品の中で最も好きな建築は、今回の旅行の最終の見学作品でもあった落水荘だ。この住宅ほどダイナミックで詩的で味わい深い建築はアメリカで他にはないと思う。


  ヘルムート・ヤーンの設計によるオヘア空港を飛び立ち、ピッツバーグの空港までは約1時間半のフ

ライトだった。空港で車を借り、4時間ほど走って落水荘近くのモーテルに着いた。明日の朝、9時からの見学に間に合わせるため、前日に宿泊する必要があった。建築を勉強し始めたころから見たかった落水荘。明日、実現すると思うとなかなか眠れなかった。横でスヤスヤ眠る子どもの寝息を聞きながら、今回の見学ツアを思い起こした。ライトの作品はいくつかにグルーピングすることが出来る。それぞれの代表的な作品は、建築の世界ではどれも有名だ。アメリカ人のあらゆる国民は文化的な住宅に住まなければならないと、考え出した庶民的なローコストのユーソニアン住居。あるいは、ライトが初期にこだわり続けたアメリカの大地を這うようなピレリー住宅。そして、後期は有機的建築。ライトの建築はどれも詩的で味わい深い。有機的建築の代表的な作品はと考えていたがいつの間にか寝てしまった。


  翌朝、はやる気持ちを抑えて予約の時間に遅れまいと落水荘へ向かった。US40号線よりミルランへの道に入り、なにやら京都の洛北辺りにきたような雰囲気を持った雑木林の中を抜けながら、指定された場所に車を停めた。

 受付を済ませ見学ツアが始まる時間を待った。残念ながら、子どもは見学することが出来ず、ベビーシッターに預けなければならなかった。現在この建物には人は住んでおらず、ペンシルバニア州の環境保護局の管理下に置かれて、一般公開している。アメリカのみならず世界中から見学者は後が断たないそうだ。


 ツアーが始まった。およそ400メートル歩くとやっと落水荘が見えてきた。心憎いばかりの演出されたアプローチだ。しばし、現実とは思えなかったが、やがて大変な感動を覚えてしまった。とうとう来てしまった・・・。

 写真では随分とお目にかかったが、実物はすばらしい、この一言に尽きる。特におなじみのアングルで見上げたキャンチレバーの白いバルコニーは半端ではない。家全体は緑豊かな自然と見事に調和し、「家を造った」というより「家が生えてきた」という感じだ。それほど周囲と違和感がなく、あるべくして建っていると見えた。


 あたかも茶室のにじり口のような狭い玄関を入り、一歩一歩床を踏みしめながら内部を見て廻った。スキップしながら流れていく空間、包み込んでくる天然素材のテクスチュア。スリットやトップライトから洩れてくる光。空間各部の様々な部分のアイデアやディテールが矢継ぎ早に目の前に展開されていく。この流れるような内部空間は、かつて経験したことはないドラマだった。頭の中で空間が出来、そしてその中を設計者が自由に歩き回っている。頭の中のイメージと実際に出来上がった空間とは寸分も違っていなかったのではないかとさえ感じられた。それほど完成度が高い。スリットの窓からチラッと外部が見えたり、大きな窓からドーンと見えたり、スキップアップしていく高さの変化と幅、奥行きなどが実に心地よい。


 まさしくライトのいう有機的建築(建築と外部環境が調和した建築)の最たる作品がこの落水荘なのだろうと確信した。

建築を志す前に読む本(ウェブバージョン)/第1章(No.12)

No.12 ――動けば、運は開く――

 12時間のフライト、アメリカ中西部の中心都市であるシカゴ国際空港オヘアに着いたのは19898月2日、たしか正午過ぎだった。シカゴはライトがルイス・サリバンの元で修行し独立した後第1期黄金時代を築き上げた街である。

待合ロビーに友人が迎えに来てくれていた。開口一番「ラッキーだよ」が久しぶりの挨拶。明日からシカゴ産業科学博物館で、なんとライト展が始まるそうだ。ひょっとしたら作品の所在地が分かるかもしれない。翌日そんな甘い期待感を持って、時差ボケながらも昼過ぎに博物館へ。


この展示会は高級衛生陶器のメーカーであるコーラー社がスポンサーになっていて、Tonkens Residennceのリビングとサニタリーが実物大で空間体験できるなど、大掛かりでスケールの大きさと内容に驚いた。まだ、日本でこれだけの規模でのライトの展示会は開催されていない。


入場後、すぐ展示会スタッフにライトの作品を見て廻りたいので、所在地を知りたいと尋ねた。スタッフは自慢げに「あなたはラッキーです。つい最近、全作品の所在地と地図が本になりました」。案内してくれた売り場に本は売り切れていたが、最後の1冊を倉庫から探し出してくれた。手にした時の本の重さと嬉しさは22年経った今でも鮮明に覚えている。住居表示は無かったが、市街地マップにちゃんと作品の所在が黒丸で番地とマークされていた。後は作品の近くまで行き、ガソリンスタンドでシティマップを入手すれば到着できる。




立て、動けば必ず何とかなるものだ。その本を手がかりに翌日からの見学日程を組み、ライトの作品たちをレンタカーや飛行機を駆って見て歩くことになる。車での走行は約5000キロの行程だ。これは東京と大阪の往復5回分、しかも一人での運転、今思えばかなり無茶だった。






建築を志す前に読む本(ウェブバージョン)/第1章(No.11)


No.11 ――ライト作品の見学記――

  ライトの作品を見学するためにアメリカまで旅行。それも家族でひと月。費用は18年前で約200万円。決して安くないが自分自身への投資である。何かを志すと、人は思い切ったことが出来るものだと思う。子育てしながらのこの費用の出費は痛いが、動くためには常にリスクが伴う。有意義な旅行にするために下調べ無しにシカゴへ渡ったわけではない。見学したい作品の候補を上げ、場所を念入りに調べる。すぐ壁にぶつかった。たとえば、雑誌には落水荘はペンシルバニア州、ミルラン。この程度しか位置は示されない。これは近畿地方、奈良県と同じ。これでは目的地に到着できるはずがない。ましてや広いアメリカの大地の中で・・・。建物を探し出すには住居表示、何丁目何番までの住居表示が必要なのだ。

非常に困ったが出発の日が迫ってきている。一応、作品90件の候補は決まったが・・・。幸いシカゴにコネがあった。日本人で大手製鋼会社の現地エージェントの仕事をしている。

  ライトが結婚後すぐ住み、そして20数件の住宅を中心に、作品を残したオークパークの近くに彼は住んでいた。これは有り難かったし、この旅行のキーマンになってくれた。オークパーク以外の残り約70件の所在地が判らず、不安を持ちながらもシカゴへ飛んだ。はっきり言って無茶である。しかし、行けば何とかなる。おまけに飛行機の座席が狭いとこどもがぐじるといけないのでビジネスクラスにした。季節的に運賃はエコノミーの約3倍。旅費は高いわ、ろくに作品も見学できなかったらどうしょう?と、不安ながらも、さあアメリカへ向けてテークオフ。

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