No.2 ――人生の踊り場――
私だって最初から建築を志したのではない。親父と一緒に仕事がしたいと大学では土木
工学を学んだが、自分が目指すものとは何か違うと、違和感を感じながら3年が過ぎた頃、父が土建業を営んでいたこともあって、大学の授業の合間、奈良県生駒の宅地造成の現場に出て父と一緒に働いていた。
当時は「土方(どかた)殺すには刃物は要らん。雨の3日もあればよい。」と言われるほど天候に左右される仕事が土木工事であった。最近のように日・祝休みというような時代ではなかった。
今から37年前である。
現在でも工期が迫ってくると、連日連夜の仕事で休日返上は当たり前だが・・・・・・・・・。
21歳の夏、7,8月はうだるような暑さだった。特にこの夏は記録的に雨が少なく、記憶
では7月の上旬から約50日間雨が降らなかった。当然休みもない。年老いた土工たちは適
当に休みを取っていたが、若かった私は40日間休みなしで毎日炎天下の現場で働いた。
元々、野球で鍛えた身体だと過信もあったように思う。また、現場も忙しかった。ところが、ある朝突然起きれない。見上げた天井は廻り、吐き気がし、眉間に異様な力が入り、体が動かない。そのまま10日間自分の部屋で寝たきりになってしまった。往診してくれた医者が一言「過労」・・・・。
自分の体力の限界を知ったのはこの時だった。まるで走っているクルマに急ブレーキをかけたようなものだ。しかし、皮肉なことに人はこんなときだからこそ自分を振り返る。寝床の中で・・・。
これまでの生き方、今の生き様、そしてこれからの人生・・・など等。
それはまるで階段の踊り場に立って、これから上がる階段を暗闇の中で手探りしているような感じであった。暗中模索、この一言に尽きる。
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